製造業で働く会社員とドラマー、二つの顔を持つ複業音楽家

ライターの宅野です。私は学生の頃、某ファーストフード店でアルバイトをしていました。
そこでは、私のように小遣いを稼ぎたい学生だけでなく、いわゆる「フリーター」も多く働いていました。

彼らがフリーターという働き方を選択した理由はさまざま。役者を夢見ている人、歌手になりたくて上京してきた女の子、声優を目指して日々レッスンに励んでいた子。みんな、夢を叶えるために必死で毎日生きていました。

その中には、「音楽で成功したい!」と意気込む人もいました。しかし、音楽活動だけでなく別の仕事と掛け持ちしている人をたくさん見て、「音楽だけでご飯を食べていくのは、なかなか難しいのだな」ということも感じました。

今回、お話を伺った志村翼さんも会社員として製造関連の派遣会社で働きながら、音楽活動をしています。どうして、今のような働き方を選択したのか聞いてみました。

工場での現場監督兼バンドのドラマー

富士宮 LIVE HOUSE ライブハウス

志村さんが所属するバンド「THE MENDRIDS」

 

たくの

今は派遣会社で会社員としてお仕事をしているんですよね?

はい

志村さん

たくの

具体的に、どのような業務に携わっているんですか?

工場で現場監督をしています。分かりやすくいうと製造業ですね

志村さん

たくの

へー! 現場監督ってなんかカッコいいですね。つまり、スタッフをまとめているわけですよね?

そうですね。でも、社員数はそこまで多くないんです。だから、すごくアットホームな雰囲気で仕事していますよ

志村さん

たくの

会社員と並行して、音楽活動もしているんですよね? ちょっと調べさせていただいたのですが、バンドで活動していてすごいなという印象です

『THE MENDRIDS』ですね。このバンドは、2018年4月から本格的に活動を始めたんです。去年から、スタジオで音だしはしていたんですけど

志村さん

たくの

(え、そうなの?グッズも出ているし、完売しているし。結構、人気なのでは……?)結成は割と最近の話なんですね。ちなみに、個人でもサポート活動をなさっていますよね? 別の方のブログで志村さんの名前を拝見しました(ストーカーではない)

あ、そうです。サポートをする時はカホンを使っています

志村さん

たくの

(カホン……あの四角い箱みたいなやつよね)ドラムではないんですね

持ち運びしやすいんですよね

志村さん

たくの

確かに、ドラムセットを持ち歩くのは大変ですよね。というか、そもそ持ち運ばないのか(汗)

普段は、ライブハウスやスタジオにあるモノを使いますよね。だけど、場所によってはドラムセットがないこともあるので。カホンを使い始めたことで、ドラムセットがない場所でも演奏できるようになり、音楽活動の場が広がりました

志村さん

たくの

(志村さん、音楽の話になると饒舌になるなあ……)

ピアニストの父とともに音を出した少年時代

音楽 富士宮 ライブハウス LIVE HOUSE

カホンを叩く志村さん

 

たくの

志村さんが音楽を始めたきっかけは何ですか?

ええと……。父親がピアニストなんです

志村さん

たくの

ぴあにすと!?(なんか、すごいカッコいいワードが出てきたぞ)

え、あ、はい、そうなんです……実は、まだ現役なんです。(「驚きすぎでしょ」と言いたげな志村さん)

志村さん

たくの

現役!? (志村さんの年齢を考えると、志村さんとうちの父親、同い年くらいよね)

(笑)

志村さん

たくの

あ、思わずテンション上がっちゃいました(汗)。でも、過去形じゃなくて未だに現役というのがすごいですね

ありがとうございます(笑)。まあ、それで幼い頃から父に連れられて、スタジオに出入りしていたんですよ

志村さん

たくの

なるほど、そういうきっかけだったんですね。……でも、ピアノではなかったんですね

そうですね。スタジオにあったドラムの方に興味がありました。叩く方が合っていたみたいです(笑)。それが小学5年生くらいですかね

志村さん

たくの

それで、本格的にドラムを始めたんですか?

いや、スタジオに行った時に叩くくらいでした。家でドラムを叩くと、やっぱりうるさいので。近所迷惑になってもダメなので……

志村さん

たくの

確かに。(自分の知り合いも自宅では叩かず、スタジオに入っていたな)

本格的に音楽活動を始めたのは、中学の後半くらいだったかな……。高校生の頃は確実にバンド活動をしていました

志村さん

たくの

なるほど。やっぱり、ライブハウスで演奏したりしていたんですか?

いや、当時は自分が住む町にはライブハウスがなかったんです

志村さん

たくの

え! そうなんですか!?

だから、学校で演奏することが多かったですね

志村さん

たくの

(東京だとライブハウスがないってこと自体ないからな……。演奏したいのにする場所がないってツラいよな……)

音楽を軸に生きることが理想の人生

富士宮 ライブハウス LIVE HOUSE

ドラムを叩く志村さん(右上)と、背後から近づく娘さん(左下)

 

たくの

高校卒業後、本腰を入れて音楽活動をしていたんですよね?

はい

志村さん

たくの

具体的には……?

やっぱり、バンド活動がメインですね。ライブ活動もですけど、CDを制作したりもしましたよ

志村さん

たくの

CD!? すごい!(ミーハー丸出し)

そう、なんですかね?(「またこの人驚いている」と言いたげな表情)

志村さん

たくの

え、だってCDですよね?……って、すいません、またテンションが上がってしまいました

(笑)。バンド活動以外にスタジオ経営もしていたんですよ

志村さん

たくの

スタジオ経営! 本当にいろいろなお仕事をなさっているんですね

そうですね。スタジオ経営していた時は、バンドの仲裁役なんかもしていたんですよ

志村さん

たくの

仲裁役?

やっぱり、いろいろありますよね。価値観の違いとか、方針の違いとか……。音楽以外の要因で揉める子たちもいましたし

志村さん

たくの

熱くなっちゃうと、周りが見えなくなっちゃいますもんね。そういう意味では、客観的に判断できる人が居た方が良いですよね

『とにかく、次のライブまではしっかりやろう!』ってなだめたりとか。バンドを延命させたこともありますよ。……それでも、解散しちゃう時はしちゃうんですけど

志村さん

たくの

うーん、よくある話ではありますが切ない

実は、来月からライブハウスの店長になるんですよ

志村さん

たくの

え、そうなんですか?

スタジオ経営もなんですけど、ライブハウス経営をしていた時期もあるんです。家族ができたことで一時期、離れていたんですけど……

志村さん

たくの

あら。じゃあ、製造業の方は辞めちゃうんですか?

そうですね、これからはライブハウス経営と音楽活動を中心にしたいと思っています

志村さん

たくの

お話を聞いていると、志村さんの人生には常に「音楽」があるように思います。それは、これからも変わらないですか?

そうですね、それが理想っちゃ理想ですね

志村さん

たくの

常に音楽に携われる環境って、なんかステキですね。常に好きなことをできるというか……

でも、一番大事なのは家族ですけどね。音楽も大事ですけど優先したいのは、これからもずっと家族です

志村さん

音楽よりも何よりも大事なのは家族。志村さんがお父さんの影響で音楽を始めたように、志村さんを見てお子さんが音楽を始めてくれたらステキだな……なんてことを思いました。

>>後編へつづく

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