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シャイな私が選んだ「複業芸能人」という道

シャイな私が選んだ「複業芸能人」という道

こんにちはサイドランズの芸能レポーター(自称)OOXです。

これまで、DJや音響オペレーターなど、エンターテイメント業界を中心に、インタビューレポートをお送りしておりましたが、今回もエンターテイメントに携わる複業をされている方をご紹介します。

その名も「西てるほ」さん。名前が素敵ですよね!

西さんは、誰もが一度は憧れる職業、「芸能人」を他のお仕事と並行して複業でされています。

複業で芸能人? はい。芸人や俳優ではなく、芸能人です。

もちろん芸人さんや俳優さんも芸能人ではありますが、西さんの場合は、芸能の世界での経験が豊富で、業界歴も長く、現在も複業というスタイルで継続中なので、あえて「複業芸能人」という呼び方をさせていただきます。

なぜなら、本業が鳴かず飛ばずで生活が苦しいからアルバイトをしているのではなく、自らの意思であえて複業というスタイルで芸能活動をされているからです。

人によってどこからが芸能人なのか? という線引きは置いておいて、動画投稿サイトでの知名度獲得やWEBオーディションなども盛んな現代では、芸能人になる敷居が下がってきているような気がします。

もしかしたら今後スタンダードになるかもしれない複業芸能人。

そのパイオニアとも言える「西てるほ」さんを、前後編の記事でご紹介します!

複業芸能人 西さんのプロフィール

父親は三味線の家元。母親は着物の着付けの先生。祖母は日本舞踊の家元……。

なんとも厳格かつ格式高そうな親族を持つ西さんは東京生まれの東京育ち。彼女は小さい頃から日本舞踊を踊り、物心ついた頃には人前で自分の芸を披露したり、歌をうたうことが当たり前の生活を送っていました。

幼少期の西さん。マイクを持って楽しそうに歌っています♪

自分を表現して伝えることが大好きだった西さんは、3歳からピアノを習い、小学校6年生にして中学生に混ざってバンドデビューします。担当パートはキーボード。

中学校では演劇部に所属しバンド活動も継続。高校生で芸能事務所のオーディションに合格し、女子高生アイドルとしてデビューをします。

1年間の浪人生活を経て、大学に進学したあとは、その間にシンガーとして活動していたバンドで念願のCDリリースを果たします。

さて。ここまで書いて思ったのですが、これって普通に芸能人が歩む道ですよね? しかも順調な部類の。ではなぜ今は専業ではなく複業として芸能活動をしているのか?

それは彼女の人生において、いろんな分岐点や葛藤があったからに他なりません。

それをこれから紐解いていきましょう。

シンガー志望だけどキーボードを担当してたシャイな私

前述の通り、小さい頃から人前で芸を披露することが大好きで、特にうたうことが大好きだった西さんは、小学校6年生の時にバンドのメンバー募集に応募し、そのバンドで「キーボード」を担当することになります。

演奏力は今でも健在!

……あれ? この文章、ちょっと違和感ありませんか? うたうことが好きなのに、キーボード……なぜでしょう?

僕もとても違和感があったので、突っ込んで聞いてみました。

「うたうことは大好きだったけど、当時はまだ小学生だったので、披露するのはもっぱら家族や親戚の前だけでした。もちろん、聞いてくれた人は上手だね! とほめてくれましたが、それは親戚だからであって、実のところ私は本当に歌が上手いのか? 下手なのか? 自分で実感する機会がなかったのです。同年代の子が本気でうたう歌を聞いたことがなかったので。なので、バンドをやりたいとは思っていたけど、ボーカルなんて自分より上手い人がいっぱいいるはずだから、当時多少の自信があったピアノ。つまりはキーボードというパートでの参加に狙いを絞ったんです。」

と、わずか小学6年生にしてなんとも冷静な自己分析。

当時のバンドメンバーは西さん以外は中学生。全員年上のお兄さんお姉さんでした。それが良かったのか悪かったのか、西さんはキーボードとして参加したものの、そのバンドのボーカルに違和感を覚えます。

「あれ? この人ボーカルなのにあんまり歌が上手くない。っていうか私の方が上手いかも……」

そんな不満を抱えながらもバンド活動は継続。

バンド内で最年少でかつシャイな少女だった西さんは、年上のメンバーに「私にボーカルやらせてください!」という気持ちを伝えることができないまま、メンバーが高校受験を迎えると共に、バンドは解散します。

自ら切り開き、表現方法の幅を広げた中学高校時代

西さんは小学生の頃からバンド活動と共に密かな活動を続けていました。

それは「作詞」。初めは日記のような内容から、だんだんとポエムになり、バンド活動をし続けると共に、歌詞へと進化していきます。

歌詞を書いているノートには文字がびっしり!

中学生になり演劇部に所属し、文化祭で劇をしたり、有志のバンドで念願のボーカルを担当したり。中学生ができる範囲内で表現活動を続けていた西さんですが、作詞という創作活動も水面下で趣味として続けていました。

実はのちにこれが現在のもう1つの仕事のルーツとなります。

厳格な家庭環境で育った西さんはそのまま地元の進学校に入学しますが、高校生になったタイミングで芸能事務所のオーディションに応募し、見事に合格。

女子高生アイドルとして、学校に内緒でデビューします。

当時は、今のように石を投げればアイドルに当たる(失礼)ほど、アイドルがたくさんいるような時代ではなかったので、女子高生アイドルとして、芸能レポーターやドラマ出演など、仕事の依頼も多かったそうです。

このままでは学業に支障をきたしてしまうと感じた西さんは、学校に芸能活動をカミングアウト。西さんが通っていた高校は進学校だったこともあり、芸能活動を認めてもらうのは大変だったそうです。

学年の先生全員、校長先生など、想像以上に多くの人の理解と承認を得るのは大変でしたが「このチャンスを逃したくない!」という強い気持ちでなんとか在学中の芸能活動を認めてもらえた西さん。ここから本格的に芸能人としてのキャリアをスタートさせます。

JKアイドルはブランドが命? 

高校3年間の芸能活動を通して、自分に自信がついた西さんでしたが、高校卒業を間近に控え、事務所から意外な宣告を受けます。

「これまではJK(女子高生)というブランドがあったから、ある程度仕事が取れてたけど、それがなくなってしまうと、仕事が減る可能性がある。今後シンガーとしてやっていきたいなら音大に。そうでなければ話題作りとして留学して欲しい。」

その話を聞いて、「女子高生としての西てるほ」ではなく、「西てるほ単体の魅力」でお仕事がもらえていたと思っていた西さんは愕然とします。

とはいえ、芸能事務所に所属することは芸能人を目指すためには必須。

西さんは音大にも進学せず、留学もせず、あえて「浪人」という道を選び、自分のこれからを考える時間を設けます。

私はどんな人になりたいのか……。じっくりと考える大切な1年間。

「芸能活動は楽しいけど、自分のやりたいこととは少しズレている。やっぱり一番好きなことはうたうこと。それと文章で自分の気持ちを表現する作詞。だったらその両方ができる環境に身を置こう!」

そう思った西さんは、「自分で作詞した歌を自分でうたうシンガー」になるために、芸能事務所を退所。オリジナル曲を演奏するバンドへの加入を決意します。

後編では、
・シンガーとなった西さんがなぜ副業というスタイルを選んだのか?
・シンガーが選んだもう1つの職業とは何か?
という部分を中心に

「自分にあったスタイルでやりたいことを続ける方法」について、レポートします!

後編はこちら!

好きこそ物の上手なれ。得意を広げて複業を始めたシンガーの話

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両親の離婚、父親の病気、祖父の介護などが重なったことをきっかけにフリーに転身。「やりたいこと」と「やるべきこと」のバランスを保つために試行錯誤しています。2児の父親(男の子と女の子)。「やりたいこと」の一環として、静岡県御殿場市でボードゲームバーを経営しています。

 

ライターについて

大楠 翔一
両親の離婚、父親の病気、祖父の介護などが重なったことをきっかけにフリーに転身。「やりたいこと」と「やるべきこと」のバランスを保つために試行錯誤しています。2児の父親(男の子と女の子)。「やりたいこと」の一環として、静岡県富士宮市で「Community Space AERA」を経営しています

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