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【井上広法】大学単位ゼロから仏教にどハマり、心理学を学んだ理由は友人との死別だった

【井上広法】大学単位ゼロから仏教にどハマり、心理学を学んだ理由は友人との死別だった

こんにちは!サイドラインズのランボーです。

お寺の中に留まらず、仏教で世の中の問題解決をするためにメディアで出演し、独自の活動を続ける「井上広法」さん。

前編では、朝活やTV出演、クラウドファンディングの話しをしました。

前編はコチラ

【井上広法】ぶっちゃけ寺の立ち上げに関わったお坊さんのメディア戦略

井上広法さんの経歴をみると、ちょっとしたことに気付きます。そう、2つ大学を出ているのです。1つは佛教大学で浄土学。そして、もうひとつは東京学芸大学で臨床心理学を専攻しているのです。

広法さんはなぜ臨床心理学を学んだのか?そしてこんなにもいろいろな活動をしているのはなぜか?

後編では、その謎を問くため、中学生から広法さんの話しを紹介します。

中学卒業後引きこもりから精神科医を目指す

広法少年は、中学校を卒業後一年間引きこもります。「高校なんかいかない。意味がわからない」といい、高校に行きませんでした。

引きこもりといっても、家にいない引きこもり。やんちゃな引きこもりをやっていたとのことです。

4月、5月は学校もなく、好きなことして遊べて最高だったといいます。しかし、夏休みくらいから中学の友だちが遊んでくれなくなり、孤独を感じてしまいます。

やりたいことが無く、かつ坊さんにならない方向で過ごしてたら、ひょんなことからやりたいことが見つかりました。それは「精神科医」です。

人間の心のメカニズムを知るには、精神科医がよい!と直感的に思いました。そこで高校に行く決意をし、11月くらいから勉強を始めます。もともと勉強ができたので、ちょっと勉強したら模試で3番など取るなど好調でした。

そこで、那須高原海城中学校・高等学校の一期生として入学します。

医学部を目指すも、諦めて渋々京都の仏教大学へ

全寮制の那須海城高校に通いながら受験勉強するも、結局受験には合格できませんでした。

一年浪人するも結局あきらめ、京都の佛教大学に入ります。そう、仏教を学ぶため渋々入学したカタチです。

そうそう、広法さんが勉強していた医学部受験のテキストを自宅に置いといたら、弟さんが勉強して受かったという逸話がありました(笑)広法さんいわく「情報戦ではわたしが勝っていた」そう。なんだそれ。

2年間単位ゼロ。仏教の道に進む気が無かったがついに仏教に目覚める

「京都に住みたかったから」の理由で京都の佛教大学に進学した広法さん。お坊さんになるつもりがまったく無く、最初の2年間はなんと単位ほぼゼロだったそう。

大学にまったく行ってなかったので、本人曰く「同級生に知り合いがいない」とのこと。

徹底している(笑)広法さん徹底してるよ。

教えるのは好きで得意だったため、塾講師をやりながら楽しい大学生活を送っていました。

そんな中、先代の住職であるおじいちゃんが亡くなります。そこで、遺品整理をしていたら、あるものが出てきます。

そう、広法さんが幼稚園のときに書いた手紙です。

そこには、「将来は立派なお坊さんになりたいです」と書かれていました。

その手紙をおじいちゃんは大事に取っておいてあったのでした。そこで意を決し、広法さんは一転仏教を猛勉強し始めます。

3回生の春時点でほぼゼロだった単位は、そこから巻き返しそこから3年間の5回生ですべて取得し卒業しました。

ロジカルな仏教にどハマりする

お坊さんになるつもりはなかったのですが、もともと数学がとっても得意だったため、ロジカルな仏教にどハマリしてしまいます。

現代物理学が説明していることを、仏教でも解説していることも多いと言います。文系の人よりも数学が得意な人の方が仏教を理解しやすいんじゃないか?くらいだそうです。

広法さんは基本図書館に生息しており、教室と教室を移動するのではなく、図書館を拠点に教室に移動していたとか。

単位を取らなければという焦りと、仏教にハマってしまったこともあり、図書館にある本の位置なども記憶するほど。

心理学を学んだキッカケ

大学生のとき、実家に帰省中だった広法さん。そんな中あるお檀家さんのお母さんが自殺をしてしまいます。その2週間後に大きな法要があり、そこで精神科の先生が講話をしました。

講話のあと、母親が自殺した息子さんが「さっきの精神科の先生を紹介してほしい」と、言ってきます。

「もう帰ってしまったよ、どうしたんですか?」と聞くと、その息子さんはこう答えます。

「先日母を亡くしてしまい、まだ心の整理がついていない。こんな時どうしたらよいか、精神科の先生に相談したい」と。

仏教にどハマり中だった広法さんはショックを受けます。

気持ちはとてもわかる。でも、ここはお寺だ。お坊さんがいるじゃないか。と。

「僕らと同じ年代の人は、そこにお寺があっても、心の拠り所は精神科医なのか。精神科医になりたかった自分がいうのも変な話しだけど、すごくショックでした。坊さんいらないじゃんと」

と、これからの道を全否定された気持ちになったと言います。

悶々としながら、京都に戻る広法青年。

気持ちのもやもやをバイト仲間に話したところ「あなたがやればいいじゃない。精神科医じゃなくて、臨床心理学を学びなさい。」とアドバイスを受けます。

そこで広法さんに、第二のエンジンが点火されます。

次々と亡くなる友人たち

次の大学は自宅から通える大学をソート。行く大学を決めます。京都での最後の年、5回生は休日返上で図書館にこもり勉強をしていました。

しかし古文漢文が苦手な広法さんは、(あれ、お坊さんって古文漢文得意なはずじゃ?)なかなか頭に入らずに受験を諦めかけていました。そんな中、一本の電話がなります。「サークルの友だちが電車に跳ねられて亡くなった」と。

軽いパニックになりましたが、皆で車に乗りお葬式に向かいます。そこで友人の女の子たちはわんわん泣いているわけです。そこでまた、ひとつ考えました。こんな泣いている人たちに対し声をかけられるのは、お坊さんしかいない。

でも、ストレートに言ってもわかりにくいから、別のアプローチも必要なんじゃないか。それは、心理学のアプローチだと確信し、ますます受験勉強に力が入りました。

1月のセンター試験。単位も取らなければいけないし、試験勉強もしなければいけないとの忙しいとき、広法さんの修行仲間が冬山で遭難してしまいます。

結局見つかったのは6月になってからですが、修行仲間が遭難中。泣き言なんか言っていられませんでした。

自分はこたつで暖かい、でも彼は雪山の中。試験勉強でねむい。でも彼はねむいなんて言ってられない。

それで頑張れたそうです。

センター試験では、たまたま時間が余って暇だからといって受けた追加の現代社会が、まさかの9割越え。

第一志望は東大でしたがあとで調べたら、どうやら後期の東大は厳しそう。でも東京学芸大学の後期ならいけるかも。

なんと気まぐれで受けた現代社会がなければ受験資格が無かったそう。なんという強運の持ち主なのか。という広法さんらしいエピソードです。その後、東京学芸大学に進学します。

副住職をしながら臨床心理学を学ぶ

心理学を学んだのは、死別の悲しみが理由でした。

広法さん25才。東京学芸大学に通うため、京都から宇都宮に帰り副住職をしながら臨床心理学を学び始めます。宇都宮から東京学芸大学がある武蔵小金井駅まで電車2時間半ほど。その距離を毎日通っていたそうです。すごいな。

大学に通いながら僧侶の仕事をしていた広法さん。 浄土宗青年部では事務局のノウハウを学んだり、法要の大会でイベントのノウハウを学んだりと、だんだんと今の広法さんのライフスタイルに近づいてきます。

ハードだった大学も2010年に卒業。「もう二度と電車なんか乗らない!」と思っていたそうですが、今は日々打ち合わせや講演、TV収録などで東京に週3で来ているとのことです(笑)

臨床心理学を学ぶとで仏教をさらにロジカルに説明できる

仏教はそもそもロジカルな学問とのことですが、それでも説明できない部分を科学的に説明できるのが、臨床心理学とのこと。

たとえば仏教では、「思いやりを大事にしなさい」だけで終わります。

しかし臨床心理学が合わさると「思いやりを大事にしなさい。そうやって思いやりの心をもつと、オキシトシンが出ます。このオキシトシンには幸福度が上がる作用があり、このオキシトシンは免疫力を上げる効果があるんだよ」みたいまで説明ができます。

仏教を科学する。それが広法さんなんですね。

住職と喧嘩しフリーランスお坊さんへ

実は広法さん、一度お寺をボイコットしています。そう、光琳寺の仕事をしない。と家を出ているのです。出家ではないです。

「音楽性の違いのような感じ」と広法さんは言いますが、違うアプローチで仏教を広めたい広法さんと、基本を大事にする住職(お父さん)との対立だったのですね。

いきなり無収入になった広法さんは、3ヶ月ほど引きこもり、いよいよお金が厳しくなり、家賃が安い家に引っ越したり(今でも気に入って住んでいるそうです)

そこからフリーランス的な生き方を模索します。

お坊さんの派遣など、いくつか案件をこなしてみたり、コーチングやマインドフルネスのワークショップ。講演や執筆のお仕事も。

また、東日本大震災を契機に、お坊さんに質問、悩み相談できるQ&Aサイト – hasunoha [ハスノハ]を立ち上げるなど、従来のお坊さんの枠にとらわれない活動を加速させます。

しかし、完全に駆け出しだったので、それぞれのお仕事に対する謝礼はしれています。

そんな中、声がかかったのがTVのお仕事、そう、「言いにくいことをハッキリ言うTV」だったのです。

心理学を学び、別のアプローチから仏教をわかりやすく伝える。この試みはTVというマスメディアで広く受け入れられ、現在の広法さんの活動につながっています。

ぶっちゃけ寺の放送がはじまり、しばらくしてから意外なことを聞かされます。

「お父さん(住職)が、広法のTV全部録画しているよ」と。

広法さんが仏教をとても勉強されているのがお父さんにも伝わったようでした。

長年の喧嘩のあと、ついにお父さんが折れ、広法さんはお寺に戻ります。その条件は、「法事などお寺のお仕事はやる。でもそのほかは自由にやらせてくれ」でした。

その後、マインドフルネスの会社マインドフルネス・瞑想ならcocokuriを立ち上げたり、ラヂヲ体操を開始したり、林先生のTVに出たりと、活躍は知っての通りです。

一番やりがいがあるのはお寺のお仕事

今回は副業ではなく、本業の仏教を広めるための道を太くしていった僧侶の話しでした。

最後に、心理学を学んだり、スタートアップのような働き方をしていますが、最終的に今一番やりがいがあるのは「お寺のお仕事」だそうです。

マインドフルネスのワークショップも、お寺での法要も、その場にいる人たちのファシリテーションをするのは一緒。ワークショップで学んだことを法要で活かし、より素晴らしい時間にするためにはどうしたらよいか?を日々試行錯誤しているとのことです。

井上広法さんには、毎月1日の朝に宇都宮光琳寺に出かければ必ず会えます。

毎月1日は心理学を学び、広く仏教を伝える広法さんとお話してみてはいかがでしょうか?

Facebook→井上 広法
Instagram→inoue koboさん(@inoue_kobo) • Instagram写真と動画
お坊さんに質問、悩み相談できるQ&Aサイト – hasunoha [ハスノハ]
寺子屋ブッダ – お寺イベントの情報サイト
マインドフルネス・瞑想ならcocokuri

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クラウドファンディングコンサル・ライター・ブロガー。ブログは12年目、ライター歴5年。これまで3,500記事以上を作成する。そのうちプロライターでは1,900記事ほど書き、モノ紹介は1,000記事以上。
ブログ/旅/キャンプ/温泉/神社が趣味で、グッズやアクセサリーなどモノを通して好きなことを伝えるのが生きがい。
1983年生まれ、札幌出身、埼玉在住、沖縄が実家のフィリピンクォーター。

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